The 3rd. ..........なべてこの世はこともなし

 沖縄移住17年のゲイが垂れ流す身辺雑記,気になる記事,ノロケ,過去旅話。

No.5595:ダナン(Đà Nẵng)からフエ(Huế)4

 しばしの散策を楽しんだ後。
 ランコー(Lăng Cô)村を出ると,もう田舎の街道だ。前回,フエから下った時に見覚えのある風物が,逆回しに再現される。
 小さなを峠二つ越えると,左手には一面緑の水田,右手は遠浅の沖合いまで延々と広がる漁の網。豊饒さを感じさせる風景だ。
 そんなこんなで快調に飛ばしていたマイクロバスが,急にスピードを落とした。なんだ?やっぱり故障か?と視線を前に戻したら,なんと車が詰まっていた。ヴェトナムの田舎国道で渋滞に出会うとは,まさに想定外。
 最初はのろのろと動いていた列も,ついにぴたっと止まったきりまったく進まなくなってしまった。そういえば対向車もさっきからほとんど見かけない。これは,先で何かあったに違いない。
 運転手がジリジリし始めた。無理もない。僕はフエが目的地だから,夕方までに着けばいいけど,彼はダ・ナンに戻らなきゃいけないんだ。
 舌打ちひとつ。遂に対抗車線に出て突っ走り始めた。わらわらっと後を追って何台か追随する。向こうから来るのはバイク・自転車だけで車の姿は見えないとはいえ,大丈夫か? 僕は彼の腕を信じて乗っているしかない。
 隙間があれば無理矢理入り込み,しばらくしてまた業を煮やして飛び出すことの繰り返し。それにしてもかなり長い列だ。
 相当進んだところで,この渋滞の元兇に出くわした。タンクローリーを巨大化させたような,どでかいタンクを積んだトレーラーがのろのろと亀の歩みで動いている。タンクの横腹には「FUDA」のロゴ。
 「This is the beer of Hue.」
 これ,何?と尋ねようとした僕に,吐き出すような口調で運転手が説明してくれた。ということは,フエまでこのタンクを運ぶのか・・・まだ先は長いのに。今後も,相当渋滞が続くのは間違いない。もしかしたら明日までかかるかもしれない。

 ・・・ああ,どうやら居眠りしていたらしい。ヴェトナム入国から10日近く,そろそろ旅の疲れが出てきたのかもしれない。
 風化の進んだ白い砂が続く窓の外。これは,紫外線を強力に反射しているだろう。この辺りでは,白内障の患者が多いのではなかろうか。そんなことを考えながらぼぉっと眺めている僕に,運転手が声をかける。
 「Where is Your Hotel?」
 その前まで連れていってくれるそうだ。そう言われて焦った。実は,まだどこに泊まるか決めてなかったのだ。既にもうフエの街が近いらしい。慌ててがさがさと取り出したガイドブックと相談する。どこか場所がよくて手頃な宿は・・・
 大内がある旧市街は,新し目の宿はないから却下。フォン河南岸新市街,目立つセンチュリー・リバーサイドの近くに,ミニホテルがあった。ここなら僕でもすぐにわかる。料金も手頃だ。
 「Go to the A dong hotel, please. Not 2 but 1.」
 そう。このミニホテル・アドンは1と2の二つがあるのだ。2は前回泊まったが,新しくて悪くはなかった。旧市街に渡る橋にも近いのだが,新しいだけあって,今の僕には料金がやや高いのだ。予算はできれば抑えたい。
 幸い,運転手は場所を知っていた。ツーリズム・カフェのスタッフなのだから当たり前といえば当たり前だが。ダナンの市街とは比較にならない田舎びた道を通って,横づけされたマイクロバスから降りたが,しばらく運転手には待っていてもらう。
 レセプションに立つのは,お決まりのようにアオザイを着た若い女性だ。見せてくれた部屋は2階のバルコニー付きのツイン。机やベッドなどの木材部分が古びた感じはあるが,割と広々としていて快適そうだ。もちろん,テレビ&冷蔵庫,シャワー・トイレ付き。20$というところを「3泊するんだから」と粘って1日目18$,それ以後17$にしてもらった。
 下で待っていた運転手には,部屋番号を告げて,感謝の握手。
 「See You tomorrow!」
 そう,ヴェトナム語版「青い瞳のエリス」のコピーを明日のツアーで来る時に持ってきてもらうのだ。


Google Map,Vietnam(1998.03)



 ※元になった旅行記があるとは言え,もう20年近く前の旅のことを描くのは厳しいところもあるが,不思議なものでイメージは鮮明に思い出される。それだけ,ヴェトナムの風物と僕の波長が合っていたということなのだろう。
 次回からは,古都フエでの散策になる。



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  1. 2016/08/02(火) 01:04:33|
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No.5448:ダナン(Đà Nẵng)からフエ(Huế)へ3

 峠を勢いにまかせてどんどんマイクロバスは下る。快調なエンジンに物を言わせて,のろのろ前を塞ぐ車は容赦なく追い越す。カーブでもやるから,少々怖い。
 ・・・だがこの運転手,ただ飛ばすだけではない。ツーリズム・カフェのスタッフだけあって,ランコー(Lăng Cô)村がよく眺められるポイントに差しかかると,一時停止して写真を撮るか?と聞いてくれたのだ。
 ここは入江と外海の間に発達した砂洲上の村。西側は静かな潟,東側は白砂に押し寄せる波,と対照的な景色が楽しめる。
 最初に彼が言ってくれた地点は,ガイドブックなどでよくランコー村の紹介写真に出てくるような,びしっと決まったアングルで撮れるポイントだった。とてもいい構図なのだが,ここから撮ったらガイドブックと同じ,いや素人だからもっと出来の悪いコピーになってしまう。結局そこで1枚,もう少し下った位置から更に1枚だけシャッターを切った。

 時間的に言ってここで昼休憩をとるはずだが・・・。マイクロバスが止まったのは,前回フエから下って来た時に寄った食堂だった。ドライバー向けのドライブインという役割以上に,どうやらツーリズム・カフェなどと契約しているらしい。前に来た時は,若い女性二人組,なぜかロンジー(ミャンマーの民族衣装)を穿いた男がいたりしたが,今回は日本人は僕だけのようだ。
 風通しのいい食堂の中にはフランス人ツアー客たちがランチを始めようとしている。ランコーのビーチで泳ぐツアーらしく,海で濡れた体を井戸水で流してる姿も。・・・皮膚の色素が薄い白人がこんな強い日射しを素肌に浴びて,大丈夫なのかと他人事ながら心配になる。
 テーブルの上には程よく茹でられた蟹の山。会話を楽しみながら蟹にむしゃぶりつく・・・蟹を食べるとそちらに集中して静かになるのが普通だと思うが,さすがはフランス人,お喋りも止まらなかった。
 僕とドライバーはと言えば,彼らを背にしてほぼインスタントに間違いないフォーをそそくさと食べる。金にならない客だ。
 時間は充分にあるとドライバーが言ったので(たぶん休憩したかったのだろう。そのつもりで飛ばしてきたのかもしれない),食堂の裏手の砂丘を越えてビーチに出てみることにした。

 さらさらと靴を下ろすたびに崩れる白い砂。見た目はきれい,でも歩きにくいことこの上ない。よたよたとペンギン風になりながら砂丘の斜面を登って。頂上で南シナ海の風が吹きつけるかと思ったが,そこは一列目。もう一度下って貧弱な潅木と砂の鞍部を更に歩いて,二列目を越えなければ海は拝めない。
 頭上からの太陽と砂からの照り返しで焙られて,暑さで半ば舌を出しながら歩く僕に,どこからともなく現れた二人の男の子がまつわりついてきた。
 「マッサー,マッサー」
 マッサージするぞ,という意味だが,別にビーチチェアで寛ぐわけでもなし,大体小学校1年くらいの男の子たちでは力足らずでマッサージなぞ満足にできるわけがない。でも,いらないいらないと身振り付きで答えても,「ハイそうですか」と引き下がる彼らではない。
 「Why not?」
 一人前に片言の英語で攻めながら,二人して背中を叩く。背骨,肋骨に拳が当たって少々痛い。
 そのまま知らん顔して歩いてると,「Pay money.」と手を出す。
 「It's not massage!」
 大仰な呆れ顔を作ってそう言っても,懲りない笑顔で「マッサー,マッサー」そしてポカポカ。半ば遊んでいるというか遊ばれているような・・・。
 どうせ暇な旅行者の身,この子供たちとつき合うのも悪くはないか。そういうわけで,僕がビーチを眺めて歩き回ってる間中,彼らは側につきまとっていたのだった。
 「You didn't massage.」
 そう言って1人をとっ捕まえ,すかさず細い肩を揉んでやる。キャア~と大袈裟に身をくねらしたところで,
 「This is massage, O.K?」
 「O.K.」親指を上に向けて握り拳。
 「So pay money. Năm nghìn Đồng!(注:5000ドン)」
 僕がさっきの彼らの言い回しを真似たら,一瞬きょとんとして,すぐにけらけら大笑い。邪気がなくていい。
 相変わらずの「マッサー」攻撃の合間に,「これこれ」とポケットから出して見せてくれた宝物。古銭だ。錆が出ていて額面は判読できないが,円形方孔の中華影響圏の銅銭。こんな小さな子が買い集めるわけはないから,拾ったものだろう。ホイアンに出入りする貿易船が沖合いで沈没して,その積荷が打ち上げられたのかもしれない。


ランコー村
左は南シナ海,向こうは潟。幹線道路はこの砂洲上を通る。

ランコー村
砂洲の切れ目。潮流の関係か,中部のこのあたりは砂洲がよく発達している。
ここから左手に道路は向かい,ぐるりと水面を迂回して前に見える橋を渡ってランコー村に入る。

ランコー村
手前の山に,ハイヴァン峠へ向かう道が見える。その向こうの切れ込んだ鞍部が峠だと思う。

Google Map,Vietnam(1998.03)



 注)ランコー村には,21世紀になってから,ビーチに大きなリゾートホテルができたと聞いた。景観が大きく変わってなければいいのだけれど。
 ・・・もしかしたら,あの男の子たちは,ホテルのスタッフになっているかもしれない。



  1. 2016/05/24(火) 10:20:39|
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No.5288:ダナン(Đà Nẵng)からフエ(Huế)へ2

 少し暗くなってしまった僕に乗るように促して,運転手はエンジンをかけた。相変わらず快調な音だ。
 いくつか通り過ぎたトラック用の休憩スペース(といっても路肩が広くなっただけ)。ほったらかしにされたホースの先から水が噴水のように。白い飛沫が涼しそうだ。でも,何のため?
 折って畳む文字通りの九十九折の道。えっちらおっちら上るバスの後ろにジリジリしながら蹤くことしばらく,やっとハイヴァン(Hải Vân:海雲)峠に到着。

 ここは,ヴェトナムの背骨をなすチュオンソン(Trường Sơn:長山)山脈が,中部のこのあたりでどういうわけだか東に出張って海にまで突き出している部分。
 峠の標高は500m弱だが,山塊そのものは1,000mを超えているので,この部分で南北の風が遮られてがらりと気候が変わる。フエからダナンヘ列車で峠の下のトンネルをくぐり抜けた途端,霧雨混じりで湿度の高い空気が,晴天でからっと乾いた夏のような空気に変わって驚いたことがある。
 海雲という名は,この気候条件により霧や雲に覆われることが多いために付けられた,らしい。
 歴史的にもここより北は中国の影響を受けた大越,南はインドの影響を受けたチャンパと分かれていた時代が長かったわけで(境界線はもちろん揺れ動いているが)。

 脚を伸ばそうと降りた僕を,物売りたちが取り囲む。差し出すものはガムに絵葉書,貝の細工物・・・このあたりではどこでも見かけるような品ばかりで,食指が動くわけがない。それでも,見ているとそれなりに買う客はいるわけで,商売としては成り立っているのだろう。
 どこの名所でもお馴染の,一眼レフを首から下げた記念撮影のカメラマンもいる。こちらは,競争が激しそうだ。
 休憩所のトイレを使った後,その傍らの小祠のところからしばらく展望を楽しむ。先程の場所よりも高い位置から眺める海は,ますますもって茫洋。水平線と空の境も見分けがつかない。見上げた峠の頂は,それほど標高があるわけでもないのに,雲だか霧だかに隠れている。九十九折りの道をぞろぞろと上ってくるトラックや車の列。蟻の行列のようにも見える。

 ここで一休みする観光客たちのうち,元気のある者は峠の上の峰の中腹にある要塞というか物見台というか,とにかく昔の軍事施設まで登ってゆく。下から見るとけっこう急な上り坂だが,これまたぞろぞろと登る人の列。僕は御免被る。
 売り子の「これ買え」攻撃をかいくぐってマイクロバスに戻った僕を,運転手は「たいへんだねえ」とでも言いたげににやにや笑って見ていた。


ハイヴァン峠
Google Map,Vietnam(1998.03)



 注) ハイヴァン峠は,2005年に峠の下を通過する国道ハイヴァントンネルが開通して,自動車での物流に関しては以前より便利になっている。・・・鉄路は,相変わらず等高線に沿ってうねうねとやっているが。
 峠自体は観光名所として有名なスポットなので,観光客は相も変わらず集まっているのだろう。



  1. 2016/03/14(月) 09:21:32|
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No.5148:ダナン(Đà Nẵng)からフエ(Huế)へ1

 暇つぶしのつもりが,意外に楽しかった朝のシクロ散策。反芻しながら宿の部屋に戻る。
 荷物をまとめながら,耳寂しいからとつけっぱなしにしていたテレビでは,マラリア撲滅番組をやっている。教育テレビみたいなものか。家の庭の小池や瓶の水などには,ボウフラを食べるメダカや小さなエビもどきを飼うように勧めている。・・・やはり亜熱帯,風土が違うなと妙なところに感心したり。
 チェックアウトを済ませてロビーで待機していると,宿の前に真新しいマイクロバスが横づけされた。誰も乗っていない。バックパックとスポーツバッグ一つを抱えて乗り込んだ車内は,冷房が効いてよく冷えている。
 「O.K.?」
 荷物がこれ以上ないことを確認して,運転手が発車させた。軽快なエンジン音を響かせて。これなら,いつぞやのように途中でエンコすることもないだろう。
 向こうの歩道にChuong君が立って手を振っている。いい笑顔だ。またダナンに来たら彼のシクロに乗って市内を見物したいな。

 マイクロバスはどんどん市街を走り抜ける。どこのホテルにも止まらないまま進んで,とうとう中心部を出てしまった。もう,幅広のディエンビエンフー(Điện Biện Phư)通り・・・もしかして乗客は僕だけか? 営業としては効率が悪すぎるな。
 そんなことをぼんやり考えていると,急に止まった。何だ? 顔を上げた視線の先には,2本のレール,踏切。運行本数の少ないヴェトナムの鉄道で踏切に引っかかるのは,運がいいのか悪いのか。ハノイ~サイゴン(ホーチミン)間の急行列車か何かかなと思いきや,やたら長い編成の貨物列車だった。これがまた速度が遅いと来ているので,ガタンゴトンといつ通り過ぎるのか,本当に最後尾があるのか?と疑いたくなるくらい時間がかかる。窓の外のバイク連は完全に焦れてしまって,エンジンをブルンブルン言わせながら待ち構えている。・・・事故を起こすなよ?
 (Google Mapで見ると,現在ここはロータリー&高架化されていて,こんな光景は見られない。道路も大変立派になっていて,20年近い時の流れと経済の発展を感じさせる)

 運転手は無聊だろうと気をきかせてテープで音楽を流してくれる。僕としては,別に車窓風景を眺めていれば退屈はしないのだが。洗濯物はためく街の外れから,郊外へ。景色の移り変わりにつれて,興味の赴くままに右の窓から左の窓へと忙しく行ったり来たり。「こんな落ち着きのない客は初めてだ」などと呆れているかもしれない。
 そんな僕の動きがぴたっと止まった。なんだ,これ? どこかで聞いたようなメロディ,マイナーでどこか哀愁を帯びたライン・・・ああ,「青い瞳のエリス」だ。ヴェトナム語で演歌調に歌われていたので,すぐにはわからなかった。
 懐かしさのあまり口笛と鼻歌で合わせていたら,運転手が振り向いた。頼むから,運転中はやめてくれないか。
 「Do You know this music?」
 このカセットを土産に持って帰ったら,職場でウケるに違いない。
 これ,欲しいんだけど,なんてタイトルのカセットに入ってるの? 買いたいんだ。
 「Your favorite? O.K. I make the copy tape. Please tell me Your hotel, so I shall bring it tomorrow.」
 ほんとに? いいの? 嬉しいなあ。
 ・・・それからしばらく,エンドレスで「青い瞳のエリス」が流れ続けた。30分も聞かされるとさすがに辟易するが,運転手の好意だから無下にも断れない。

 河口近くを渡る橋で繋がった小さな街を過ぎると,道が上り坂になった。ここから,名所兼要衝のハイヴァン(Hải Vân:海雲)峠にかかる。
 マイクロバスのエンジンは大いに快調。クーラーを効かせて,音楽(さすがにこの頃には違うテープに変わっていた)も流しているのに余裕綽々。前年末のサパ行きバスとはえらい違いだ。
 しかし,それも古臭いスタイルのトラックに追いつくまで。もくもくと排気ガスを吐き出しながらえんやらえんやらと坂を上るのには,運転手も閉口の態。対向車が来ないのを確認しては,アクセルを踏み込み一気に追い越し。再び爽快に登り始め・・・と思う間もなく,次のトラックかバスに追いつき,しばらく雌伏。エアコンのフィルターを通して,ディーゼルエンジンの排気ガスの臭いが少しずつ入り込んでくる。
 何度かこれを繰り返した挙句,嫌気が差したか運転手は幅の広くなった路肩に寄せて停めた。

 まあ一服,と外に出て彼は煙草を口にする。僕も外に出て足を伸ばす。峠の中腹,けっこう眺めがいい。
 空気中の水蒸気が少し多めなのか,うっすらと白いベールをかけたように朧な水平線。今日の南シナ海は波静かで,海岸線にも白い波は殆ど見当たらない。いつ見てもこの海は,高い波を沖合いから蹴立てるように打ち寄せていたので,荒いというイメージがあったのだが。ちっぽけな漁船が何艘かぽつりぽつりと浮かんでいる。・・・いかにも長閑な風景だ。
 眼下には細い線路が緑に見え隠れ。折しも貨物と旅客の混合編成列車が,ゆっくりフエに向かって動いていた・・・「走っていた」とは表現しにくいスピードなのだ。しばらく目を離して「もうトンネルに入ったかな?」と思って視線を戻すと,まだそこまでの半分も進んでいなかったりする。乗った時にも遅いとは思ったが,眺めるともっと遅く感じる。
 狭軌の日本の在来線よりも更に狭い軌間,等高線に沿ってくねるように敷設されたルート,メンテナンスをしているとは言え車齢の高い機関車。南北の物流を託すには力不足なのは,否めない。

 鉄路と海の間に,沖に浮かぶ島に向かって小さな岬のようにに丘が突き出す。形からして,元々は島だったものが,海流で堆積した砂泥で陸地と繋がったものだろう。その丘と峠に囲まれて小さな平地が広がっていた。ぽつぽつと見える木立と田。何もないが静かな,僕好みの田舎の佇まいだ。そう思って眺めていたら・・・
 「Look. This is the lepra's village.」
 レプラ? そんな少数民族がいたか?
 「They are only waiting the death.」
 ??? 何のことだ? lepra,レプラ・・・頭の中の辞書を検索して1件ヒットした。ハンセン氏病のことか。ということは,そこは隔離施設というわけだ。施設というには広いから隔離地域か。
 感染力も非常に弱いし,特効薬もあって今では恐れるに足りない病気だが,病状が進行するとひどい皮膚症状が現れるので,昔は世界各地で,そして日本でも無意味に忌み嫌われた(そして差別の対象になり,残念ながら今でも残っている)病気だ。
 彼はどんなつもりで言ったのだろう? そう思って表情を窺ったが,観光客に淡々と事実を述べた,という感じだった。この隔離地域にも,日本のように,既に治癒したたのに差別のために帰る場所を失ってそのまま暮らし続けている人がいるのだろうか?


ハイヴァン峠
Google Map, Vietnam(1998.03)




  1. 2016/01/11(月) 09:27:05|
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No.1551:夜行列車で フエ(Huế)~サイゴン(Sài Gòn) 6[旅行記-ヴェトナム]:1995.03.21

 朝の早いヴェトナムの人たち。その習慣は列車の中といえども同じらしい。明るくなったかならないかのうちにごそごそ動き始める。その気配を耳にしながら,低血圧体質の僕はいぎたなくベッドの中でうつらうつらする。
 でも,さすがに朝食が配られる前にはしっかり着替えて顔を洗い終わっていた。パンとスープ,チーズ等の軽めの食事を終わると,中年男性はまたベッドに上がってしまった。・・・柔らかめのベッドとはいえ,やはりハノイからの長旅は疲れるのだろう。

 今日も外はいい天気だ。夜の間にニャチャン(Nha Trang)を通過して,景色は更に南国。
 椰子のような樹に農園。一日の間に温帯から亜熱帯に移動したみたいだ。・・・時折,砂漠と見間違うような大規模な砂丘地帯も現われると,空気もいっそう熱を帯びてむあっと押し寄せてくる。
 そうこうしているうちに昨日の彼が登場。
 サイゴンに着いてからどうするのかと尋ねるから,明日の午前1時発の飛行機で出国するのでぶらぶら見物でもして時間をつぶす,と答えるとちょっとがっかりしたような表情になった。どうやら,まだホテルを押さえていないので一緒に探したら,と思っていたらしい。
 連れの彼女があまり安すぎる宿は嫌がるようなので,間をとって中級ホテルにしたらとアドバイスして,駅から街中までは同行することにした。

 列車がサイゴン市内に入った。スピードが一段と落ちる。見覚えのある踏切をかすめた。初日にシクロでうろうろしたナムキーコイギア(Nam Kỳ Khởi Nghĩa:南圻起義)通りの踏切だ。線路のすぐ側まで家が迫っている。日本ではあり得ないくらいの近さ。
 ふと気がつくと,見慣れない男たちが廊下にぞろぞろ入り込んできた。ラフな服装から見て列車の乗客とは思えない。不審そうな表情の僕に,僧侶が「ポーターだ」と教えてくれた。なるほど。
 確かに,もう速度は小走りだったら簡単にデッキに飛び乗れそうなくらいに落ちていた。感心していると,シスター曰く「貴重品に気をつけてね。もしネックレスをしているのなら外しておきなさい。隙を見せると取られるから」。外す仕草付きでの忠告,ありがたく受け入れることにして,ゴールドのチェーンをバッグに隠した。
 がたんごっとん・・・いくつかのポイントを通過する度に左右に揺れる。そして,無事サイゴン駅(Ga Sài Gòn)に到着した。時にお昼前。

 低いプラットフォームに降り立つ。ちょっと疲れたような,でもどこか嬉しそうな表情の人の波に混じって改札を通り抜けた。いかにもターミナル=終着駅という空気。
 そこはオープンな感じの待合室となっていた。列車の本数が少ないので,ターミナルの割には人が多くない。古めかしい板のベンチが空いていたので,座って彼らを待とう。
 数分後に現われた2人,驚くほどの大荷物。・・・東南アジア周遊している学生とは思えない。逆に僕の荷物の少なさに向こうがびっくりしていた。それはともかく,どうやって街中へ出ようか?
 「タクシーにしましょう」
 それが正解だと思う。
 早速駅舎の外に出て,たむろしているタクシー・ドライバーに当たりをつける。交渉は,英語が得意だという彼に任せてみた。さすが東南アジア慣れしているというだけあって,値引き交渉が容赦ない。このあたりが手の打ち所かな,と僕が思っていた額から更にどんどんと下げていく。
 ドライバーがぶつぶつ言いながら開けてくれたトランクボックスに2人の荷物を押し込んで,行き先はドンコイ(Đồng Khởi)通り。まだ宿を確保していない彼らは,あのあたりでお手軽な値段の中級ホテルを探すらしい。

 強い陽光に熱せられてむっとする風に吹かれながら,街中をやけくそのように駆け抜けたタクシーはボンセンホテルの前で止まった。
 2人とはここでお別れだ。柔らかいベッドが懐かしい,彼女の方はそうこぼしていた・・・けれど,この旅行そのものは満更でもなかったようだ。それじゃ,また。



Google Map Sài Gòn, Vietnam(1995.03.21)




 ホーチミン市のことを旧名のサイゴンで呼ぶのは,そのような個人崇拝化をホーチミン本人は望まないだろうと思うからであって,特に他意はない。




BGM NOW
WINDY CITY/Love Is Understanding(Love Hurt Version) feat. Keyco[★★★★]
  1. 2009/04/13(月) 11:21:09|
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No.1537:夜行列車で フエ(Huế)~サイゴン(Sài Gòn) 6[旅行記-ヴェトナム]:1995.03.20

 17時頃,再び乗務員登場。今度は夕食を配って歩く。
 コーラとビスケットが僕だけおまけについてきた。おかずは魚を甘辛く煮たもの。何だか和食の煮つけに味が似ていた。ニョクマムの匂いがなかったら勘違いしていたかもしれない。
 食べ終わって,シスターの淹れてくれたお茶を飲みつつ外を眺めると,もう日光は真っ赤になっていた。廊下側の窓からは遥かに続く平地の向こう,薄く霞む山際に姿を隠そうとする太陽が見えた。

 とっぷりと日が暮れると,車内に白熱灯がともる。寒色系の蛍光灯よりも夜汽車にはこれが似つかわしい。
 もう車窓からは何も見えない。人里もあまりないところを走っているのか,灯りもほとんどない。たまに並走する道路も,閑散。通るのは貨物輸送のトラックぐらい。
 退屈を覚えてちょっと車内をうろついてみたが,大抵の乗客は早々と自分のベッドにもぐり込んでいて,えらく夜が早い。もっとも起きていてもお喋りがゲームくらいしかすることはないが。
 戻ってみると,既に座席だった下段はベッドになっていて(といっても,シートの上を片づけてシーツと枕をセットしただけだが),シスターと僧侶が横になっていた。窓の鎧戸も下ろされて,外を眺めることもできない。こうなっては仕方がない。コンパートメントの扉を閉めて,自分のベッドに上がろう。

 上の段は直接車輪からの振動が伝わってこない分,楽だ。マットも割とふかふかだし,一夜の寝床としては申し分ない。ただし,日本の寝台車と違ってカーテンがないのだが・・・これは暑い国なので,仕方がないだろう。
 しばらく薄ぼんやりとした白熱灯の光を頼りに本を読んでいたが,向かいの中年男性が手真似で「スイッチを切ってもいいか?」と聞いてきた。どうやら明るくて眠れないらしい。迷惑をかけてもいけないので,快く頷いた。
 かすかな音と共に部屋の中が暗くなった。窓から鎧戸を通して民家か何かの橙色を帯びた光が差し込んでは消える。扇風機が天井でゆっくり回っている。背中に伝わってくる心地よいリズム・・・寝つきの悪い僕も,すぐに眠りに落ちそうだ。お休みなさい・・・



夜のニャチャン駅
深夜停車のニャチャン(Nha Trang)駅
Google Map Nha Trang, Vietnam(1995.03.20)




BGM NOW
YMO/Radio Junk[★★★★]
  1. 2009/04/08(水) 09:34:02|
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No.1522:夜行列車で フエ(Huế)~サイゴン(Sài Gòn) 5[旅行記-ヴェトナム]:1995.03.20

 水を客車に補給して,再び列車は南に向かってダナン(Đà Nẵng)駅を出発した。
 廊下側の窓辺に立って揺れる風景をのんびりと眺めていた僕に,話しかけてきた者がいる。英語ではなく日本語だ。
 「どちらから乗られました?」
 「フエから。君は?」
 「ハノイからですよ。ホーチミンまでずっとです」
 それは大変だ。一番早い列車でも38時間はかかるのだから。しかも,聞けばハードベッドだそうだ。本人は東南アジアの旅行によく出かけるのでこういうのにも慣れているが,連れの彼女がちょっとぶつぶつ言ってるとか。これでアジアの旅が嫌いにならなければいいのだが。
 「どうせ大差ないと思ってハードベッドにしたんですけど・・・見たら全然違いますね」
 3段ベッドだそうだが,かなりきついらしい。ハードという名の通りだし,何よりベッドに身体を起こして座った時に頭がつかえる。もっとも1部屋の人数が多い分,ここよりもさらにアットホームな雰囲気になっているというのが取り柄か。
 彼は北海道のお寺の息子で,大学で東洋・仏教哲学をやっているとか。僕もまたその系統には読書で親しんでいる。そんなわけで,南国の沿線風景を眺めながら,アサンガがどう唯識派がどうのという「深遠な」話が始まってしまったのだった。

 いかにもカリフォルニアからやって来ました,という感じの露出度の高い(ただし健康的)格好の欧米人の娘が一眼レフを片手にすり抜けていった。ふと見たその足元はなぜか裸足。これには啞然とした。なぜなら,ちょっと利用したトイレの床はお世辞にもきれいとは言いかねる状態で,そこに靴で出入りした人間が歩き回った廊下・・・。考えただけで素足になろうとは思えないのは,日本人的潔癖さか? でも,裸足になっているヴェトナム人もいなかったのだが。
 そう言うと,彼曰く「東南アジアを旅行する白人には,そういうこと気にしない連中が多いですよ」。

 南下するにつれて次第次第に窓の外の風物が変わっていく。それまであまり見かけなかった竹の類が目につくようになった。フエのあたりではまだ一面青々としていた田が,緑と黄金色とのモザイク模様を描く。
 水路を大きくしたような小川では子供たちが釣竿を垂れ,水牛はその黒っぽい身体を溜池に半ば沈めて気持ちよさそうに目を細めている。実はこれらの池の中には,ヴェトナム戦争中にアメリカ軍の爆撃でできた大穴に雨水が溜まってできたものもたくさんあるとのことだ。被害の凄まじさもさることながら,それを利用するヴェトナム人の精神的な逞しさに感心する。
 と,それまで広がっていた平地からちょっとした丘の間に入ると,ちっぽけな家がいくつか飛び去っていった。そのすぐあとにジャックフルーツの果樹園。僕の頭よりも大きいぶつぶつだらけの実が幹からにょっきりぶら下がっている。いかにもずっしりしていて収穫が大変そうだ。

 また線路は国道と並行して走る。小型のトラックやバスが行き交っていて,幹線であることを物語る。いくつかのバスの屋根の上にはシートに覆われた荷物が山積み。バスの車高の半分近くの高さにまで積み上げている。なんという高重心。これで急ハンドルを切ったらどうなるんだ?と,他人事ながら心配になった。
 国道沿いの家は,割と小綺麗だ。屋根はオレンジ色の瓦,柱や屋根の端は白く塗られて黒っぽい三和土の基壇からくっきりと浮かび上がる。前庭には大抵きちんと育てられた木が並んでいる。
 農業を営んでいるらしいある家では,前の小さな池で母親らしい女性が何やら蔬菜のようなものを洗っていた。夕餉の支度だろうか。
 どれもこざっぱりと住みなされていて,ふと訪れたくなる雰囲気がある。写真が撮れなかったのがとても残念だ。

 傾いた太陽のぬくもりを帯びた淡い橙色の光の中,稲がさやさやと風になびいている様は,あまりにも印象的だった。心の中のアルバムに「平安」と名づけて今でも大事に保存されているこの風景が,興味半分に訪れた僕を本格的なヴェトナム好きにさせた契機の一つとなったのは間違いない。



Google Map Đà Nẵng~, Vietnam(1995.03.20)




 ホーチミン市のことを旧名のサイゴンで呼ぶのは,そのような個人崇拝化をホーチミン本人は望まないだろうと思うからであって,特に他意はない。




BGM NOW
空気公団/桃色の絨毯[★★★★]
  1. 2009/04/03(金) 08:49:27|
  2. 移動,車窓風景(越南)
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No.1504:夜行列車で フエ(Huế)~サイゴン(Sài Gòn) 4[旅行記-ヴェトナム]:1995.03.20

 しばらくすると乗務員がやって来て何やら告げた。
 窓側に座っていた僧侶が立てかけてあったテーブルの足を出してセット。老シスターは,どこから出したのか,布でその上を丁寧に拭く。
 何が始まるのかと眺めていたら,中年男性が曰く「Lunch!」,そして食べる仕草。なるほど。そういえばガイドブックには,コンパートメントまで食事が配達されると書いてあった。もちろん,食事代はコンパートメント料金に含まれている。
 先触れに大きなポットを抱えた女性が登場。室内備えつけのポットのお湯を無造作に窓からバシャッと捨てるシスター。入れ換えてもらった新しいお湯で,今度は僧侶が急須を洗ってまた中味をバシャッと見事な連係プレー。外に民家があるわけではなし,お湯くらいならいいかもしれないが,他のコンパートメントからゴミが捨てられたのを目撃した時には辟易した。
 ・・・ヴェトナムに初めて入って3日目,薄々そうではないかと思っていたが,ゴミをポイ捨てすることを気にしない文化なわけだ。

 それはともかく。
 次にワゴンに載せられてトレイが運ばれてきた。プラスチックで上に乗っている食器もそう。エコノミーの機内食を思い浮かべてもらえばいい。
 汁物が入っているべき椀は空っぽ。これは,また別の人間が後からスープの入ったバケツを重そうに持ってきて,柄杓で注いで回っている。一昔前の給食のスタイルを思い出させて,何やら懐かしい。
 これで終わりか?と思っていたら,また一人ひょいと顔を覗かせてコーラ缶を1本差し出す。これは僕の分だった。外国人料金を払って(払わされて)いるので,そのささやかな代償,というところだろうか。
 それでは皆揃っていただくことにしよう。食堂車?から遠路はるばると運ばれてきた野菜たっぷりスープはもう冷えかけていたが,鶏肉と野菜を炒めあわせたようなおかずはおいしかったし,量もほどほどということで70点くらいを付けておこう。

 金網越しの窓に見える空にもう雲のかげりはまったく見られない。強烈な青さが目に痛い。間違いなく南国だ。
 それまで着ていたトレーナーを脱ぎ捨てTシャツ1枚になる。食後の体温上昇もあるとは思うが,実際,空気も温かいどころかやや熱を帯びてきていた。地図上ではそれほど巨大にも思えないハイヴァン(Hải Vân 海雲)峠だが,そこは海雲の名前のとおり気候の大きな変わり目だったわけだ。
 一息入れた頃,中部の大都市・ダナン(Đà Nẵng)の駅に列車はゆっくりと入った。どうやらここでしばらく停車するらしい。
 同室の人たちが信頼できそうな顔触れなので,退屈しのぎに外へ出てみることにした。


ダナン駅

 ホーム,といっても乗り込んだフエと同じく高くない。日本の感覚でうっかり降りようとすると,ステップから転落しかねない。
 そこここに人々が群がっていた。同じように降りたらしいグループ,次の列車を待つらしい集団・・・物売りの姿も見える。しかしあらかじめ覚悟していたほどにはいなかったし,しつこくもなかった。さすがに駅では観光地のようなことはないのか。
 ホームの反対側には,行き違い待ちなのか(鉄路は単線だ)ローカル列車が停車していた。僕が乗るサイゴン行きと同じく,深緑色の塗装に金に見まがうような明るい山吹色のラインの入った車両。・・・編成がまた玉石混交で,ま新しくきれいに見えるものから40年以上前のものかと思わせるような客車(もしかしたら貨車を改造したものだったのかもしれない)まで様々。
 ローカルにもハードシートとソフトシートがあるのか?と興味津々で眺めてみたが,外からは大した違いがわからなかった。後ろには貨車も連結されていて,開放された扉の中には自転車が一杯並んでいた。

 駅構内を散策してみたかったが,いつまで停車しているのか案内がなかった上に(あったとしてもヴェトナム語だけだから,わからない)発車ベルなどもないとあって,置いてきぼりにされてしまうのが恐さにすぐに戻った。
 ・・・物売りからおやつになるようなものを買っておけばよかったかもしれない。



Google Map Đà Nẵng, Vietnam(1995.03.20)




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矢野顕子/ひとりぼっちはやめた[Quit Being Alone][★★★★]
  1. 2009/03/27(金) 09:04:50|
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No.1482:夜行列車で フエ(Huế)~サイゴン(Sài Gòn) 3[旅行記-ヴェトナム]:1995.03.20

車窓風景車窓風景

車窓風景車窓風景


 今度は僧侶の入れてくれたお茶を飲みながら,ぼーっと窓の外を眺める。写真を撮るには金網が邪魔だが,見る分には大して気にはならない。
 天気は次第によくなってきていた。鬱陶しく低い雲がいつのまにか薄くなって,ところどころから淡く光が降りてくる。
 列車のスピードは意外と遅かった。時折並行する幹線道路(といっても2車線)を行くバスがやっと追い越せるくらいだ。相手は人と荷物を満載だというのに。線路の軌間が狭く状態もあまりよくないのと,ディーゼル機関車の能力不足のせいか。

 大きな潟が広がったかと思うと,次第に山が迫ってきた。
 空がまた重苦しい分厚い雲に覆われた。気がつくともう線路はかなりの傾斜をみせているらしい。速度が一段と落ちて,前方から流れてくるディーゼルの唸り声も苦しそうだ。
 間もなくハイヴァン(Hải Vân 海雲)峠だ。ラオス・カンボジアとの国境としてヴェトナムの背後を南北に貫くチュオンソン(Trường Sơn 長山)山脈,その支脈が東へ伸びて海にまで突き出た部分。海抜600mほどだが,ヴェトナムを二つに分ける重要な地理的境界線になっている。
 車窓はしばらく南シナ海の景色------空にふさわしく波の高い荒れ気味の------を見せる。風もないのに沖の方から白い波頭を立てて押し寄せてくる。断崖,というほどではない高さを走る僕たちの足もとで大きく砕け散って,また蒼鉛色に戻っていく。真冬の日本海には負けるが,ちょっと迫力がある。

 がくんと音を立てて列車はゆっくり内陸に向かった。山肌が一方に迫って,機関車の音が今まで以上に大きく轟く。風向きによってエンジンの排気の匂いがツンと鼻をつく。
 ゆっくり,ゆっくり。何かの拍子に列車から転がり落ちたとしても,全速力で走れば追いつけそうな地道な速度。だが,確かに登っている。
 何度も大きくぐうっと曲がって,向こうに見えたのはさっきまで僕らのいた断崖。何のことはない,急峻な山が海に迫ってできた断崖状の入江もどき(なぜならそこに海水はなくて,地面だったから)を迂回しただけだった。ここを横切る橋がかけられたら,少しは時間短縮になるだろうか。
 そんなこんなで登るうちに次第に海から離れていき,潮の匂いがかけらも感じられなくなった頃,列車は唐突にトンネルへ。当たり前だが何も見えない。コンパートメントの中はなぜかひっそりと,息を潜めたような雰囲気。そう,在来線で関門トンネルをくぐっている間のような。
 前方から響いてくる重々しいエンジンの音と足もとから流れるレールの継ぎ目を渡る規則的な拍子。飛行機やバスとは違う,列車で旅をしているという感じがする。やっと抜けたかと思う間もなく,次の闇へ。どこをどう走っているのかさっぱりわからない。

 いくつかのトンネルを抜けた時,空気が温かくなった。アナウンスも何もないが,どうやらハイヴァン峠を通りすぎたんだな,と身体で感じた。
 ・・・空がすっきりと明るくなった。足下に青い海が見える。南だ。



Google Map Huế, Vietnam(1995.03.20)




 ホーチミン市のことを旧名のサイゴンで呼ぶのは,そのような個人崇拝化をホーチミン本人は望まないだろうと思うからであって,特に他意はない。




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Wagner/Das Rheingold : Entry of the Gods into Valhalla
(Sir Georg Solti/VPO, Wächter, London, Plumacher, Malaniu)[★★★★★]
  1. 2009/03/10(火) 11:21:02|
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No.1472:夜行列車で フエ(Huế)~サイゴン(Sài Gòn) 2[旅行記-ヴェトナム]:1995.03.20

 Dung君のカブが消え去るのを見送って,駅舎に入ろうとしたが。
 駅前で,積み上げて売っているトイレットペーパーを見つけた。ヴェトナム人はこんなものでもディスプレイに力を入れる性分らしく,粗末な薄板の屋台もどきにきれいにピラミッド状に積み上げている。てっぺんから取るのかと思ったら,適当な中間層から抜き出して,すかさず新しいのを隙間に補充。補充品がなくなったら上から売っていくのだろう,きっと。
 ・・・トイレに紙がないと悲惨なことになるから,とりあえず1巻買っておく。アジアの鉄道ではありがちだと聞いていたので,用心するに越したことはない。

  改札口の前は,意外と人が多かった。ちょっとめかしこんだヴェトナム人夫婦,巨大なバックパックを足元に置いてガイドブックを眺めるショーツ姿の白人女性,はしゃいでる子供たち。
 空港の取り澄ました風情よりも「旅」の始まり,というどこか浮き浮きした感じがある。これが鉄道の旅の味わいの一つだな,とかつての「鉄」の名残りが心の中で囁きかける。
 列車の到着予定時刻の10分ほど前に改札口の扉が開いた。わくわくしながら出たプラットフォームは,日本とは異なり欧米風で低い。これに国内とは違った旅情を覚えて線路を見やると,微妙な違和感。確かヴェトナムでは軌間が1,000mmで,見慣れた日本の在来線は1,067mmと6cm以上も狭いのだから,当たり前か。

 やがて,力強い響きをお供にディーゼル機関車が入ってきた。続くのは深緑色に塗られた客車。低いプラットフォームから眺めると,かなりな大きさに思えて圧倒される。
 乗り込む車両の扉の前に立つ車掌に切符を見せて席がどこか教えてもらう。先に立って案内してくれて,とても感じがいい。一応社会主義をやっている国のサービス業とは思えない。
 指定のコンパートメントに首を突っ込むと,既に3人が座っていた。4人の部屋なので,僕が入ってこれで定員。割り当てられた寝台は進行方向側の上段だった。
 荷物をベッドに放り上げて幅広で長いシートに腰を下ろして,さて。同室のメンバーは?と眺めた心の中の台詞『おいおい,なんだか浮き世離れしてるぞ』。仏教僧侶1名,老シスター1名,中年男性1名。幸い3人ともある程度は英語ができるようだったので,ほっとした。

車内 車内


 ここで,僕の座った「ソフトベッド」車両の様子を描いておこう。
 JRの2段式B寝台車の廊下側に壁と引戸を付けてコンパートメントにした形。ただし主要部分はJRのような樹脂ではなく,時の経過を感じさせる色に染まった木だ。つまり割と昔に造られたものということ。もっともコンパートメントとは言ってもそこは南国のこと,風通しのため壁の部分には透かし彫り風の格子が嵌められているし,もちろん昼間は扉は開けっぱなしだった。
 下段の寝台は昼間は4人分の座席。シートを持ち上げると,中はボックスになっていて荷物が入れられる。シート自体は思ったよりふんわりしていて,ベッド兼用のために奥行きがあるため胡座もかけ,長く座っていても疲れなかった。
 上段は常に頭上にセットされたまま。コンパートメントの扉のところに付いている足がかりを使ってよじ登る。荷物は廊下の天井部分の空間に置くようになっている。
 1,000mmの軌間のせいで車両の幅が狭くなっているのか,それとも寝台部分の長さがとってあるのか,廊下は人がやっとすれ違えるくらいしかない。廊下側の窓は完全に開くが,客室内の方は丈夫な金網付き。動かそうと思えば動かせるようだが・・・防犯のためか?

 さて,こんな風に空間を観察している間に前方からのエンジン音が大きく重くなり,やがてガクンと小さなショックが伝わってきた。やはり欧米風に何の合図もなく列車の出発だ。各車両に動力がある電車とは違い,ゆっくりゆっくりと速度が上がっていく。プラットフォームで店開きする物売りの女の子たちが,手を振って遠ざかっていった。
 僕が落ち着いた頃を見計らい,中年男性が話しかけてきた。聞かれる内容はDung君の会話の最初のうちとほとんど同じ。主に喋るのは中年男性で,恰幅のよい僧侶と品のよい老シスターは,相槌を打ったり「そうかそうか」と微笑んだり。
 折を見てシスターが急須から注いでくれたお茶は,既に何度も淹れた出がらしだったが,でもおいしかった。



Google Map Huế, Vietnam(1995.03.20)




 ホーチミン市のことを旧名のサイゴンで呼ぶのは,そのような個人崇拝化をホーチミン本人は望まないだろうと思うからであって,特に他意はない。




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Klaus Nomi/Ding Dong[★★★]
  1. 2009/03/05(木) 11:45:29|
  2. 移動,車窓風景(越南)
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プロフィール

Ikuno Hiroshi

Author:Ikuno Hiroshi
Self
↑現在  ↓過去の一時期
755860.jpg
広島から沖縄へ移住した100%ゲイ。
年齢不詳に見えるが五十路を越えた。
ハッテンバで出逢った10歳下の相方と
・・・何年目だっけ? でも,いつも
いちゃいちゃ熱々バカッポー実践中。

LC630以来の筋金入り林檎使い。
Power Macintosh 7300
→ iMac(Blueberry)
→ eMac
→ iMac (20-inch, Early 2009)
虎→雪豹→獅子丸
→山獅子→寄席見て
→得甲比丹
そして,満を持してiPad mini!
更に,iPhone6!
ネットはNiftyServe以来の古参兵。

ついでに典型的なB型的性格。
パタリロのギャグは
ほぼ暗記しているらしい。
猫・犬複本位制だったが,
現在は,猫本位制に移行。
芸能・スポーツ以外の雑学王(笑)

HIV関連

財団法人 エイズ予防財団

HIV検査・相談マップ

読書中の本(2017.May.26~)

honto
時間の古代史 霊鬼の夜、秩序の昼

ISBN :978-4-642-05705-9
三宅 和朗著
吉川弘文館歴史文化ライブラリー(1,836円)

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