最初に案内されたのは明命(Minh Mạng ミンマン)帝陵。明命帝は阮朝第2代皇帝(在位1820〜40)。
父・嘉隆帝の後を継いで中国的な中央集権化に邁進,科挙も整備して皇帝独裁権力の強化を図る。またラオス・カンボジアにもヴェトナムの影響力を広げた。宗主国の中国に対しても強気で,父帝の時に清から与えられた国号「越南(これが現在の国号ヴェトナムの起源)」を「大南」に改めた。
一方,中華的な攘夷思想の持ち主でもあり,南部の反乱にキリスト教徒が多く加わっていたこともあってキリスト教を弾圧。晩年にはフランスからの宣教師7人を処刑するなどしたため,嘉隆帝の王朝創建を助けて進出を目論んでいたフランスとの関係を悪化させることになる。
やたら子だくさんであったことでも有名。帝の愛飲した酒が現在も「明命酒」としてお土産店で売られている。
塀に囲まれた陵域。松の存在が,南国にいるという事実を忘れさせる。
いくつかの壇を上って行くと,一段と高い壇上に建物が。帝の功績を漢文で彫り込んだ石碑が,この中に立てられている。台座は立派な猫足(皇帝だから虎足と言うべきか?)が浮き彫りされて,なかなか威厳がある。
ずっと進んで帝と皇后の位牌を安置するという建物。松の深い緑色が両側から迫る中,プルメリアが枝を殿前に広げていた。葉を落しているとはいえ,亜熱帯の植物。おかげでフエに入ってから僕の中に定立されていた「小中華」イメージが混乱してきた。・・・乾季に葉を茂らせて甘い香りを漂わせていたら,なおのことだったろう。
壇から切り石をきれいに積んだ階段が三日月の形をした池に向かって下り,石畳の道が池の向こうのこんもりとした丘へと続く。青々と草が茂っているこれが帝の眠る奥津城だ。壇の上から左右に視線をずらすと,背の高い石柱が対になって立っている。形は古代エジプトのオベリスクにも似ているが,これも皇帝の徳を讃えるためのものなのだろう。
睡蓮の葉が浮かぶ池の向こう,小高く築かれた墳丘が帝の眠る場所。池を渡って奥津城に近づこうとしたが,周囲に巡らされている石塀の門が閉ざされていた。
帰りの渡し船を待つ間,道沿いに小屋掛けした茶屋で一息。皿に盛ってあったマンゴスチンを一つ食べ,小さな急須に入った香りのいいお茶を何度もお代わり。いい休憩になった。BGM NOW 遊佐未森/ハルモニオデオン[機械][★★★] |
Author:Ikuno Hiroshi

↑現在 ↓過去の一時期
広島から沖縄へ移住した100%ゲイ。
年齢不詳に見えるが実は四十路半ば。
ハッテンバで出逢った10歳下の相方と
・・・何年目だっけ? でも,いつも
いちゃいちゃ熱々バカッポー実践中。
LC630以来の筋金入り林檎使い。
先日eMac→iMac,虎→雪豹に。
ついでに典型的なB型的性格。
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