近道,とばかりにバイクは露店の立ち並ぶ狭い道を通り抜ける。道,というよりは路地。どこかに引っかけはしないかとはらはらするが,バイクドライバーはどこ吹く風で,運転している。
ぱっと開けたそこは,既に博物館の前。プルメリアの香りが漂う門前で僕を下ろした。
建物の左の翼にミーソン(Mỹ Sơn)遺跡の彫刻がある。
ガネーシャは相変わらず窓際で川風と日射しを浴びて座っている。その顔はにこにこと笑っているようだ。大きな立像もあるが,僕はこちらのちんまりとした座像が好きだ。滑らかに磨かれた濃色の石の肌。すべっこいそれは,触れると太陽の温もりをそっと返してくれる。
遺跡の祭壇を飾っていたらしい人々の姿のレリーフ。笛を吹く人,何か命令する人,テーブルの前でくつろぐ姿,クッションにもたれて眠る人,腰をくねらせて踊る女たち。細かい部分は風化してしまっているが,生き生きと描かれている。上半身裸の腰布姿。結った髷。確かにチャンパ王国の人々はインド風の暮らしをしていた。
シヴァ神の立像。正立した彫像は,前腕部が失われているせいもあって,動きに乏しい。殆ど,永遠を指向したエジプト彫刻のようでさえある。その顔は厳めしく,前を見据える視線は力強い。「神」の現前。
そして,王らしい立派な人物の彫刻。・・・ミーソンの遺跡にはまだまだたくさんの彫刻が風雨に晒されて残っていた。いくつかは,無事な祀堂の中に保護されてはいたが。
僕は祀堂の壁面に彫り込まれた女人の立像レリーフを思い浮かべた。彼らは,ここに収められて「余生」を送るのと,元からある場所で聖山マハーパルヴァタに見守られつつ朽ちていくのと,どちらを望むだろう?
僕と前後して,眼鏡をかけた学生風の女性が彫刻を渡り歩く。熱心にメモをとっているところを見るとチャム美術を研究しているらしい。さっと適当に眺めて出てゆくパターンが多い中では,珍しい存在だ。頑張ってチャム文化の研究を発展させてほしいものだ。
前回来た時にはなかった展示が一つ増えていた。ミーソン遺跡の復元ジオラマだ。何百年にもわたって造営され続けた広大な遺跡。ヴェトナム戦争さえなければ,そのかなりの部分を今も目にすることができた筈。そう思うと,このプラモデルめいたちゃちなジオラマの前で溜息が漏れた。
博物館の母屋と右翼には,中部の他のチャンパ遺跡------かつての都チャキェウや聖地ドンズォン------の彫刻類が展示されている。チャンパ王国では,ヒンドゥーのシヴァ神以外にも上座部仏教も信仰されていたため,仏教彫刻のスペースもある。
その中では,高い台座に堂々と座った仏陀が目を惹く。日本の仏像彫刻では,儀規に則って両手は何らかの印を結んでいるものだが,これは普通に人が腰掛ける時のように手を両膝の上にちゃんと置いている。仏を表わす螺髪と白毫がなければ,締まった表情も相まって,うっかりすると権力者か誰かの彫像かと思ってしまうだろう。
これも,シヴァ神立像と同様,動きを感じさせない。群像を描いたレリーフが精彩に富んだ表現をしていたのと対照的だ。人は躍動し,神や仏は鎮まる。
どこかの遺跡の祭壇がそっくり復元されているのもあって興味深いが,僕の趣味からすると,ミーソンのものほど面白くはない。ガルーダや猿のレリーフのように,より精巧であったり,部分的にはいい味を出していたりはするのだが・・・。他の遺跡を実地に訪れて観察すれば,少しは見る目が違ってくるのだろうか。
そう思ったが,後に別の遺跡を訪ねてもその印象は変わらなかった。やはり盛期と凋落期の違いなのだろう。繊細であっても力感が足りない。どこか諦めたような雰囲気が漂っているように思う。
ヴェトナム主要民族のキン族が建てた北部の中国風歴代王朝と抗争し,次第に圧迫され,聖地も放棄して南下縮小していったチャンパ王国。
その心性を思いながら,バイクタクシーの待つ門前へとゆっくりと歩いた。
仲間とお喋りをしていたドライバーが立ち上がった。笑顔で「次はどこへ行く?」と聞いてきた。
なんだか腹が空いてきた。とりあえず,ランチタイムだ。宿の前で下ろしてもらう。2時間後にまたここに来るように言って,僕は隣のCơm Bình Dân(小さな食堂,準備された惣菜から好きなものを選ぶ一種のビュッフェ形式)の客となった。
BGM NOW SINGER SONGER/初花凜々[★★★★] → |
- 2012/01/24(火) 10:06:55|
- ダナン,ホイアン(越南)
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