中部最大の商業都市ダナン(Đà Nẵng)。
隣国ラオスと直結された道路もあって貿易などで繁栄している都市だが,観光としては特にめぼしいものはない。だが,フエ(Huế),ミーソン(Mỹ Sơn)遺跡,ホイアンという世界遺産が近くにあって便利なので,その中継地として素通りはできない。
(以下の旅行記は,1996年3月のものです)
移動日の朝。
前日,ボートトリップなどを
楽しんだフエの都は,打って変わって霧に沈んでいた。気温もちょっと低めで,長袖シャツをとりあえず羽織って外に出た。
道行く人々はコート姿もあったりして,何だか重装備だ。そこまですることはないと思ったが,皮膚感覚の違いなのだろう。灰色に押し込められたような風景は,南国ヴェトナムのイメージとは結びつかない。だが,道端の糸杉の細い葉の先にぶら下がってキラキラ揺れる小さな雫を見ていると,そんな違和感もすぐに消えた。
8時前,ホテルアンドサービスの横につけてあったバスに乗り込んで,ダナンに向けて出発。中国からのお下がりの大型バスで,乗客は僕の他は家族5名(大変ふくよかな体型の中年女性が2人いたので,もしかしたら越僑[海外在住ヴェトナム人]かもしれない)のたった6名。・・・こんな状態で採算がとれるのだろうか。
窓の外をどんどんフエの町が通りすぎていく。できたてのフランスパンを並べる,自転車に乗った高校の制服の群れ,店先で朝飯を食う,のこのこ歩く水牛,・・・そしてエンコしたバス。
犬もよくみかける。普通の雑種に混じって,軍用犬の血をひいているらしい精悍な体つきの,しかしのへっとした顔つきのシェパードもどきもけっこういた。戦場で地雷の匂いなどを嗅ぎ分けているよりは家の番でもしていた方が,犬だって平和でいいに違いない。
町を外れかけたあたりで,葬列を追い越した。白のアオザイをまとった人たちがたぶん遺族なのだろう。男性は鉢巻き,女性は布製のかぶり物をつけていたが,これは韓国の尼僧のかぶり物に形がそっくりだった。ヴェトナムでも韓国でも,もちろん中国でも,喪の色は白だ。同じく儒教の影響を受けながら,黒をその色とした日本はやはりひねくれた東夷の国か。物珍しさにカメラを構えたが,残念ながらがたがた揺れるバスの窓からは,ろくな写真が撮れなかった。
政治首都ハノイと経済首都ホーチミン(サイゴン)を結ぶ統一鉄道と並走するようになると,あたりはぐんと田舎っぽくなった。家もぽつんぽつんと少し孤立して存在している。緑の田,駆けまわる鶏,はね釣瓶で潅漑用の水をくみ上げる,池でのんびり泳ぐアヒルたち,牛二頭立ての鋤で畑を掘り返す,暑くならないうちにと急ぐ草取り・・・。
この頃になるともう霧は完全に晴れて,気温も上がってきていた。とある民家では,中年の女性が庭先にあるちっぽけな祠に向かってしゃがみ込んでいた。長い線香のようなものが前に立っていたので,どうやら何かを祈っているようだ。
次に見えたのは市場町。道の両脇は色とりどりのアオババ(パジャマそっくりの女性の普段着)とノン(菅笠)の海と化す。なにやらわやわやとしていて活気があって,これぞヴェトナムの田舎町でございます,というイメージそのままだ。
・・・それにしても舗装が今ひとつよくない上に,バスのサスペンションにも問題があるせいで,頭がシェイクされて何やら朦朧としてきた。
BGM NOW Astor Piazzolla/FUGA y MISTERIO[★★★★] |
- 2008/07/22(火) 12:49:33|
- ダナン,ホイアン(越南)
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